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「破壊神経」
シヴァトシオ

200p/100s
出身地 カピラヴァストゥ
得意技 シヴァ・ファイアー

2m100kgとコールされるその肉体は、他のどの学生プロレスラー と比較しても頭一つ抜き出しており、際立った存在感をかもし出す。そ してシヴァトシオ程「自分の体の大きさを見せる」方法を知っている レスラーもいなかったであろう。
その巨体から繰り出されるビッグブーツ、高々と対戦相手をもちあげる スクリュードライバー。そして2mの高さから直角にたたきつける、オ リジナル技シヴァファイアー。そのどれもが長身のシヴァだからこそで きる技であり許される技であった。
しかしシヴァトシオが皆に愛された理由は、大きな大きな存在感だけで はない。その巨体からは想像できないぐらい、楽しい人物だという事で ある。自分のことは二の次で「いかに他人を楽しませるか」ということ を四六時中考えているようなレスラーであった彼は、観客の雰囲気など も他のどのレスラーよりも瞬時に察知。それに応じた動きができると言 う、実に貴重な存在だったのである。
どれだけ不機嫌だった人もシヴァの試合を見ればたちどころに笑い、それまで泣き止むことを知らなかった赤ん坊の涙も自然ととまる。老若男 女問わず皆に愛されたシヴァトシオは、同時に皆を愛していたのである。 そのシヴァの楽しさは彼の数多くのリングネーム史からも見て取れる。 「ふわふわ仮面」「シッコターレナガーシー」「ダイナミックK.G」 「エル墓堀」「キーフレアー」などなど……数え上げたらきりが無いが、 試合した数だけリングネームがあるとも言われ、その度ごとに次はどの ようなファイトを見せてくれるのかと観客は一喜一憂したのである。 このような性格の彼は決して京都学生プロレスの表舞台に出ようとはしなかった。ターナー・ザ・インサートとのシングルマッチでもメインイ ベントに関わらずベルトがかけられることは無かった。しかし彼は言う のである。
「ベルトだけがプロレスじゃないし、メインだけがプロレスでもない。  同期にターナーや天小森がいるから、オレは安心して下でやっていられる。」
これはかつて筆者が「なぜベルトに挑戦しないのか?」と聞いたときに、 シヴァトシオが即答した言葉である。これこそがシヴァをなによりも物 語っているのではないだろうか。



「超合金」
ターナー・ザ・インサート

190p/100s
出身地 筋肉の国
得意技 ターナードライバー

今や伝説のレスラーとして一番手に挙げられることも多いターナー。 97年度の学生プロレス界は彼を中心に回っていたと断言することに 異論を挟む人間などいないであろう。未だに当時を知るファンからは ターナー最強という言葉がごく普通に出てくるのである。
ターナー・ザ・インサートはデビュー当時からその力を大いに認めら れており、また彼自身無類の練習ずきという事もあって、急速にエー スとしての地位を駆け上って行く。お手製のガウンをリング上で脱ぐ と、「あぁ」と観客からため息が漏れるほどの肉体。
ターナー3回生の97年5月同志社今出川大会、VSリュウカワダ戦 を制しついに念願の京都統一ヘビー級王座(14代)にたどり着くと 6月(VSミスチ・ルッテン)10月(VS  )
11月(VSんこ天小森)と破竹の三連勝。97年最終興行となった 同志社EVE祭においてもギブアップ住谷・リュウカワダと連覇し年 内完全王者を成し遂げた。先にも後にもこの記録に並んだレスラーは 現れていない。
特にベルトはかかっていなかったものの11月立命祭三連戦の、同期 ライバルレスラー(フェラタイガーJr・シヴァトシオ・天小森:ベ ルト戦[前述])との戦いは圧巻で、京都学生プロレスにRWF有りを 満面に知らしめたのである。
しかしそのような無敵のチャンピオンになった代わりに、彼は常に一 つのものを犠牲にしてきた。学校の単位である。RWFのレスラーは これに悩ませる者が実に多いのだが、レジェンドレスラーもご多分に 漏れなかったようだ。栄光を築き挙げた3回生時代に背を向け、ベル トをコミッショナーに返上すると、4回生時には一度としてリングに 足を踏み入れることは無かった。その代わり4回でフル単位取得とい う栄挙を成し遂げて見事卒業まで手に入れたのである。
この一つのことに対する集中力こそが彼をチャンピオンに到達させ、 そして「レジェンドレスラー」と呼ばれるようになった、最大の要因 と言ったら言い過ぎであろうか。



「猛虎尺八」
フェラタイガーJr.

169p/65s
出身地 広島
得意技 フェラタイガー・プレス

空中技のスペシャリスト、といえばフェラタイガーJr.。ピル ・サムライやメンステイオーの最初の師匠と言えば、どれだけ凄 いかがわかるだろうか。
平均180cmの同期レスラーの中で、彼は体格的には正直劣っ ていた。しかし体で勝てないのならば、動きで勝てば良いと、空 中技に活路を見出す。フェラタイガープレス(スカイツイスター プレス)は、出せば負けないとまで言われた完璧なフィニッシュ ホールド。
RWFの特攻隊長であり、ムードメイカーでもあった彼は勢いに 乗ったときの爆発力は、他のレスラーの追従を許さない。ターナ ー・ザ・インサートやんこ天小森を押しのけて、同期レスラーの 中で一番にシングルのベルトの挑戦権も獲得。当時のチャンピオ ンギブアップ住谷の前に惜しくも破れてはしまうが、住谷をして 「今の3回生を前にして就職活動を続けたままでは、ベルトを守  れない」 と、その実力を大いに認めさせたのである。
その住谷戦でマスクを脱いだ彼は、それいこう「タイガー」の名 を冠するにも関わらず、素顔で戦うと言う不思議なレスラーに。 もともとその華やかさから人気が高かったフェラタイガーであっ たが、マスクを脱いだらその下の表情が人懐っこい笑顔に包まれ ており、さらに女性ファンを増やしたことが理由かもしれない。 試合の途中でマスクを脱ぎ捨てるという彼の定番ムーブには、常 に拍手喝さい。「キャー」という声援が飛び交う。
シヴァトシオと同様に、4月の挑戦以降は一歩引いた立場をとっ ていたが、小さい体に熱い魂を秘めた男はそれがどのような試合 でも常に全力ファイト。
自身の引退試合(VSメンステイオー)終了後、シヴァと共にリ ング上で高らかと「RWF5ヶ条」を叫んだシーンは、屈指の名場面とされている。



「機械仕掛けの時計職人」
んこ天小森

出身地 ゼムリャフランツァヨシファ島
得意技 天小森ドライバー

97年度で最も強かったレスラーは誰? ときかれたら、9割方 ターナー・ザ・インサートと言う答えが返ってくるであろう。 では「97年度で最も印象深いレスラーは?」と聞かれたら…… そう、んこ天小森である。
一度観たら忘れられないぐるぐるうずまきのマスクに、「ん」と 一文字だけ書かれたのれんを身につける。製作時間3時間という、 ファミコンのゲームミュージックをつなぎ合わせた入場曲。彼を 取り巻くうんこ軍の構成員。そして「ナガーッ!!」という掛け 声。全てがオリジナリティにあふれ、全てが想像の範囲外。
オリジナルホールド「天小森ドライバー」に至っては、本当のプロを見渡しても、使っている人はいないというスペシャル技。常 に何かを仕掛けてくるとまで言われた彼の試合を予測するのは難 しく、時には石畳の地面にコーナー越えのトペスイシーダ。お金 で対戦相手を勧誘しようとしたこともあるし、マスクをはがされ たらその下にはもう一枚マスクをかぶっていたこともあった。引 退試合では学園祭ステージのてっぺん(高さ5m)からデッドリ ードライブを受けるなど最後の最後まで暴れまわっていたのであ る。
そんな彼が学生プロレスラーになった理由は、同期ターナー・ザ ・インサートを倒すためであった。各試合で様々な「仕掛け」を 繰り出していたのも、観客を楽しませるのと同時に、ターナーの 眼を自分に向けさせようとしていたのではないか、とも思われる。 そして満を持して組まれた「ターナー・ザ・インサートVSんこ 天小森」、97年11月3日立命衣笠興行メインイベント。当然 のように京都統一ヘビー級選手権が掛けられたこの試合は、両者 一歩も譲らないままに、なんと60分時間切れドロー(規定によ りチャンピオンターナーの防衛)。しかし試合が終わったのが8 時半にも関わらず、誰一人として観客が帰らなかったのがその試 合内容のすさまじさを物語る。ターナーに唯一引き分けた男、ん こ天小森の秘められし実力が、この日当に開花したのである。試合後天小森は、ターナーに勝てなかった悔しさからか、それとも 戦うことができた嬉しさからかリング上で号泣。マスクマンの天 小森が、ついに見せた生の感情であった。
この試合によって記憶に残るレスラーであった天小森は同時に記 録に残るレスラーともなった。
最後に彼は「んこ」天小森であって「う○こ」天小森ではない。 間違えると殴られるので気をつけよう。



「W☆ing魂」
がんばれ!!田口くん。

出身地 亀岡
必殺技 ノーザンライト・スープレックスホールド

ザ☆フェラえもんというRWFのトップスターの戦いに感銘を 受け、同期レスラーの中で唯一2回生時からサークル入りした かれは常に同期4人と自分との差を感じつづけていた。「正直 コンプレックスはあった」と引退直前に語っている。
その差を埋めるべく、自分にできることを常に考えつづけた彼 は、何度も何度も敗戦を続ける中で、着実に次の段階へのステ ップを上りつづける。そしてついに、京都統一タッグチャンピ オン(パートナーはサヨナ・ラッテン:DWA)にまで到達す る。「このベルトこそが同期に追いつくための手形」
同時に彼にはもう一つの夢があった。夢にまで見た、ザ☆フェ ラえもんとの激突。戦い。シングルマッチ。
その念願の試合は97年の立命祭で組まれた。当時ヒール軍団 kWoに所属していたフェラえもんの、反則をちりばめた攻撃 の前に、必死に耐え抜き反撃していく田口くん。実力は明らか に劣っていたと言わざるを得ない彼がしがみついていたものは 師匠と仰いだ人と戦えるという嬉しさ。タッグのベルトを取っ たという自信。そして、 「絶対に同期4人に追い付いてやるという意地」 でしかなかった。フェラえもんの場外ファイトで肋骨を折って しまい、試合には敗れてしまったものの、同期への思いを切々 と語る田口くんに場内は静まり返る。彼が「追いついた」瞬間 であった。
夢をかなえた田口くんは、以後を後輩育成に費やす。半年学生 期間が長かったことも幸いして、誰よりも慕われる先輩レスラ ーとなった彼は、「自分にできること」を手に入れたとも言え るだろう。
引退試合(VSピルサムライ・アクメ君、パートナ ーはアナホッテン:DWA)で3人の後輩レスラーに囲まれた が、最終的に1対3を選択するのである。若き力を自ら敗れる という形で確認した彼の表情は、実に明るく笑みすら漏れてい た。


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